やっと分かったわたしの人生のミッション

micchiについて

ようやく繋がった過去

こんにちは。みつえです。

わたしはこれまで女性として生きてきて、
どうしてここまで?と思うような体験を数多くしてきました。

突然ではありますが、ここで赤裸々に書いていきたいと思います。

 

もしかしたら気分が悪くなる描写や
傷ついてしまう人もいるかもしれません。

だけど、ようやくこれらの経験が、
私の人生にどんな影響を及ぼしたのか認識することができました。

そして、それを知っていただくことは
わたしにとって大切なものを知っていただくことに繋がると思い、ここに記すことにしました。

 

長文になりますので、どうぞ力を抜いて
リラックスした状態でお読みいただければ幸いです。

もちろん途中で読むのをやめていただいても大丈夫です。

 

あまりにも

それはあまりにも突然で

どんな流れでそうなったのかは未だにわからない。

16歳のある日、

終電近くまでバイトをしていた私は、

大雨が降る中、傘を盾のようにして持ち、駅まで急いで向かっていた。

 

駅を目前にして、突然目の前に車が停まり

車越しに声をかけられた。

 

いつもなら無視するところが、

なぜかその時は立ち止まってしまった。

道を聞かれたからだったかな?

傘をさしていてもビショ濡れになるぐらいの大雨。

すぐそこに見えている駅まで送ってくれるという。

 

さすがに断った。

だって、すぐ目の前に駅があるのだ。

話している暇があるなら、そのまま行かせてくれ。

と、内心思っていた。

 

だけど、押し切られると断りきれず。

ひっぱられるようにその車に乗った。

 

そうして、わたしを乗せた車は

駅とは全く違う方向に走りだしてしまい、

ハラハラしているとどんどん暗い方向に・・・

 

途中、ドアを開けて飛び出そうとも考えたけれど

そんな映画みたいなことできるわけない。

 

気づけば船積み用のコンテナが乱立している埠頭に停まった。

 

その人がどんな顔をしていたかとか

どんな言葉を交わしたかとか

全く覚えていないのだけど

四駆の車高が高い大きな車だったことは覚えている。

 

車が停車すると、

右側から突然大きな影が覆いかぶさってきた

『あ、やばい』

さすがにこれはヤられる。と思った。

 

顔をそらし、

膝の上に置いていた荷物を抱きかかえ

全力で抵抗した。

 

当時から身長は170cmはあったし、

体格もがっしりしていたし、力にも自信があった。

だからある程度の抵抗はできた。

 

だけど、抵抗を続けるうちに

首を絞められてしまった。

 

まずい

 

『このままだったら殺される。』

と思った。

 

咄嗟に、相手の股間を膝蹴りし

よろめいた瞬間になんとかロックを外し、

抱えていたカバンと一緒に

なんとか車から飛び出すことができた。

 

ラッキーだった。

 

嵐の中、必死に走った。

 

ここがどこかも分からない。

だけど、追いつかれまいと車が入れない路地を選び

民家の隙間に逃げ込んだ。

 

どんなに濡れようが構わなかった。

 

塀と塀の間に小さくうずくまり

息を潜め、時がすぎるのをただ待った。

 

どれぐらい時間が経ったかはわからない。

周りに車の気配がなくなったことがわかってから

おそらく近くに住んでいる先輩に電話をかけ

「助けてほしい」と伝えた。

 

そのとき、親に連絡するという選択肢は

一切なかった。

 

真っ先に思ったのは

「バレたくない」

 

ということだった。

 

そのあとは、

先輩と先輩のお母さんが迎えに来てくれ、

家まで送り届けてもらった。

 

当然、深夜にずぶ濡れになって帰宅した私をみて

母は心配とも、怪訝とも取れる表情をしていた。

だけど、わたしは

「転んでしまった」と嘘をついた。

 

母はそのとき、何も言わなかった。

ただため息をつき、呆れた表情を浮かべていた。

 

そんな恐怖の一晩を過ごしたわたしなのだが

 

不思議なことに男性不信や恐怖症になるとか全くなく、

むしろ、どんどんモテる自分に調子に乗っていた。

 

だけど、これは始まりにすぎなかった。

恐怖の目つき

翌年、高校2年生の頃。

他校の工業高校に通うバイト仲間から、

「みっちーを紹介してほしい。と言われてるからセッティングしてもいい?」

と言われていたので、バイト終わりに遊びに行った。

 

紹介してもらった彼は、人見知りなのか

とっても恥ずかしそうにしていて

丸顔だったこともあり、可愛い人だなぁという印象だった。

話も面白くて、とても盛り上がった。

 

だけど、その日は丸顔の彼だけではなくて、

もうひとり鋭い目を持つ男の子がいた。

その彼はちょっと嫌味っぽい空気を出していて、

明らかにバイト仲間の子や丸顔の彼とは

そこまで親しくない雰囲気だった。

 

なんだかんだと話が盛り上がり、終電を逃してしまった。

バイト仲間の子のおうちだったので、

始発の時間までいさせてもらうことになった。

 

その日、目の鋭い彼は

「いいよなー。みっちゃんと付き合ったらそのカラダが手に入るんやもんなー」と

何度も言っていた。

その度に寒気がした。

 

みんなが寝てしまった頃、

始発が走り出し、そそくさと帰ろうとしていると

その彼も起きだし、駅まで送ると言ってきた。

断ってもしつこかったので、しぶしぶ駅まで送ってもらうことにした。

 

安易だった。

駅を目前にして、近くの公衆トイレに強引に連れ込まれてしまった。

 

個室に閉じ込められ、逃げ場を失った。

 

結局、レイプされた。

そうすることでしか解放されなかった。

その後、どうやって帰ったかはあまり覚えていない。

 

だけど、ひとりめの男性と

今回の彼の目が同じような目だったことは

とても印象に残っている。

それでも普通に過ごした

さすがに顔を割れているし、

その後は色々なことがあったのだけど、

彼を恨み続けるとか、男性とお付き合いできなくなる。

みたいなこともやっぱりなく、

積極的に恋愛を楽しんでいた。

 

彼氏は途切れたことがなかった気がする。

 

そして高校3年生のある日。

またしても襲われる。

 

自宅の最寄り駅からの帰り道、

突然後ろから羽交い締めにあい、

顔面や腹部を殴られるという暴行だった。

このときも、ジタバタと抵抗した。

 

抵抗を続けるうちに体勢をくずし、

植え込みに倒れ込んだ隙にその場から逃げた。

 

自宅は駅から徒歩2、3分くらいの場所。

まさかこの距離で襲われるなんて思わなかった。

 

このときは警察が動いた。

 

警察のお世話になった理由は、

なんとか逃げ出して、家に駆け込むときに

ちょうど父が帰宅したタイミングだったから。

 

事情を話すと父はすぐに警察に通報した。

 

その後の流れはおぼろげだけど

事情徴収や、現場検証など

ものすごく時間を労力を費やすことになった。

 

しばらくして、別の女性も被害に遭ったことから

そのときの犯人は捕まった。

 

ドラマとかでよく見る

「あなたを襲ったのはあの人ですか?」

と、マジックミラー越しに見せられるやつも経験した。

 

だけど、

「後ろから襲われたのでわかりません」

とだけ言った。

 

ただ、びっくりしたのは

その人が想像以上に若かったことと

あまりにも普通の人だったということだった。

 

それがなんだか悲しかった。

こんな普通の人なんだ・・・と。

自分よりも

このときのことは、時間がかかったのと

家族も関係していたので割と記憶に残っている。

 

だけど、しんどかった・辛かった。

みたいな思い出ではない。

 

そのときずっと考えていたのは、

結局はわたしだったからよかったけど

他の女の子だったら絶対アウトだ!と思っていた。

 

だから、「ほんまに気をつけなあかんで!」と

周りに言ってた気がする。

 

わたし以外の女の子を守りたかった。

 

だから、先生にも話しをした記憶がある。

 

それでも、男性に対して

不信感・恐怖みたいな感情は一切湧かなかった。

特定の人を恨むとか、許せない!みたいな気持ちもなかった。

そんな風に思う自分を不思議に感じていた。

 

ただ、この出来事は自分の中で何かがマーキングされる体験であったことは間違いない。

その後も

高校を卒業し、専門学校へ通うため

東京で一人暮らしを始めるのだけど、

そこでも異性にまつわる色々な経験をすることになった。

 

痴漢にあうことはもちろん。

高校生と思しき男子からも痴漢されたときは

なぜだかこちらが申し訳なくなった。笑

 

一体わたしの何がそうさせるのか?

まったく分からなかった。

 

就職してからも、なぜ?という経験をした。

別部署の部長と不倫疑惑が出て、

あれよあれよとわたしだけクビになったり…。

 

度を超えた痴漢をなんとか自分で捕まえて

弁護士を介し、慰謝料100万円を

勝ち取ったこともあった。
(これは異例の額)

 

男性に関するネタは本当に尽きなかった。

 

直感に従って

不倫疑惑によって解雇された26歳頃、

大阪に移住を決めた。

 

理由は単純、

当時、尊敬していた女性から

「あんた、大阪来たら?」

「ワクワクするんやったら正解やわ」

と言われ、

シンプルにワクワクしたから決めた。

 

仕事のアテも、貯金も、知り合いもほぼゼロ。

 

だけど、環境が変わることにワクワクした。

当時付き合っていた彼にもあっさり別れを告げ、

3ヶ月後には移住していた。

この頃から直感で動くことだけは得意だった。

 

今思えば、とにかく変わりたかったのだろう。

 

それから男関係を見直した。笑

高校時代からずっと途切れることがなかった彼氏も

2年以上作らなかった。

作れなかったという方が正しいかもしれない。
実は、その間も色々あったのだけど。笑

 

そして、29歳の年で元夫と出会った。

本当に不思議なんだけど、

出会った瞬間に結婚すると分かった。

結婚願望は全くなかったにも関わらず。

 

そして、37歳で元夫と婚姻関係を解消する。

 

夫婦という関係がしっくりこなくなり

パートナーシップを解消したのだ。

 

久しぶりのひとり暮らしが始まり、

ふと、あるとき気づいたことがあった。

やっと感じられた

その気づいたこととは・・・

 

わたしはずっと傷ついていた。

ということだった。

 

わたしの女性性が傷ついていた。

 

20年以上の間、全く自覚できていなかった。

自分にとても申し訳なくなった。

 

わたしは、ここまで経験しないと

「自分がどうしたいのか。」

ということを本気で考えることができなかった。

 

いや、自分がどう感じるか。

という、もっと根源的なところに

アクセスすることができなかった。

 

傷ついていることすら分からなくなるぐらい

自分に対する意識、感覚が壊れていた。

 

そこから、自分を大切にするということを改めて

見直していった。

よく聞くけど、どういうことなんだろうか…と。

 

食べたいものを食べ、
行きたいところに行き、
会いたい人に会う

それが大切にすること?

いや、それは一過性のものでしかない。

もっと根源的な、本質的なことを探った。

 

それが、今の個人セッションや継続コースや

取り扱っているフェミニンケアにも繋がっている。

 

わたしは男性に対してこれまで、

何かしらの価値を提供しなければいけない
いざというときに守ってくれない

という刷り込みがあって、

見事にそれを実現させていた。

 

今はかなり変わってきて

「どんなわたしでも愛される」

になりつつある。

 

なりつつある、のは現在進行形で変化しているから。

甘やかされる練習をしているところ。笑

さらに分かったこと

そして、これだけの経験を通じてわかったことが他にもあった。

客観的に見ても、これだけの経験をしていたら

パートナーシップを諦めてもおかしくない。

 

だけど、

いまのわたしはどうか…

 

パートナーシップに対して

ものすごくエネルギーを注いでいる。笑

 

というのも、

これだけ痛い目にあっておきながら、

熱意がなくならないのは

わたしの人生にとって

超重要なパートだと分かったから!

 

一種の使命だと言ってもいい。

そんな使命あるのか?とも思ったこともあるけれど、

なにを使命として生まれてくるかなんか人の数だけある。

 

それが理解できたとき、焦りがなくなった。

自分の人生がどんどん生きやすくなった。

強かった劣等感もなくなった。

 

エネルギーを注ぎたい方向が明確になったとき

こんなにも安定感が増すのか。

ということも身を以って理解できた。

 

現在もブラッシュアップは続いていて

自分の人生の重要項目から逃げずに取り組むことは

それ以外の学びも得られることが分かった。

 

パートナーシップにエネルギーを注いでいるから

仕事が疎かになるかといったらそうではない。

 

すべてが繋がっているし、

すべてがわたしの人生というベースの上に立っている。

 

どんなことからでも学びは得られるし、

自分にとって大切なことはなにかを理解し、

まっすぐ取り組んでいくことで

全方位的な気づきや成長をしていける。

 

ということを、書きながら気づくことができた。

 

こうして、アウトプットの場を作ることができてよかった。

 

わたしの経験がこれからどんなことに役に立って

どんな人に貢献するのかは分からないけれど、

 

やっぱりわたし自身が

自分を生きることに価値があるみたいだ。

ということは感じられる。

 

取り止めもなく始まったみつえ史を

お読みくださってありがとうございました。

 

続きをお楽しみに。笑

 

 

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