無意識の拘りがもたらす苦悩とエネルギーの使い方

micchiのひとりごと

過去の傷を穴埋めするために

カタチにこだわってきた。
無意識に。

カタチとはいわゆる体裁で、物質面が主だったモノ。

要は、どれだけ持っているか。
それによって安心だったり、自己の確立をしようとしていた。

どんな仕事をするか
どんな暮らしをしているか
どんな家族と過ごしているか

「格好」をつけたかったし、

「格好」がとても大切だった。

きっとそれは見栄とか虚勢みたいなものだったのだろう。

だけど、今までのわたしにとっては成長に必要なことだったみたいだ。

そういったある種の拘りによって本当にたくさんのことを経験させてもらえたし
気づけたことがたくさんあった。

ずっと拭えなかった
「わたしは与えられていない」という感覚。

ずっとずっと埋まらなくて、どこにも属せないさみしさ。

それを物質で埋めようと、何十年も生きてきたけれど
一向に埋まることはなかった。

そもそも、埋めることが必要なのだろうか?

とすら思うようにもなった。

穴=欠如=ダメなこと

と、思い込んでいたけれど、
その【穴】のようなものがもたらす恩恵もあるのかもしれない。

その穴がわたしをわたしらしく模らせているのだとしたら

躍起になって埋めることはもう必要なくなる。

そこに注ぎ続けてきたエネルギーは別のところに使おう。
きっとこれまでと違う輝き方をしていくはずだから。

 

自分への問いは、これからも続く。
人生はずっと、経験を通じた実験なんだ。

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