「無知は罪」と言うけれど、それよりも罪なこと

micchiのひとりごと
それはできないの?やらないの?

 

知ってるのにやってない

見て見ぬフリ

できない言い訳する(しかも上手いこと)
誰に弁明するわけでもなく

 

やった方がいいな〜。と思ってるのにやってない。

 

できない。

じゃなくて

 

やらない。

を選択しているのに、なんとなくその言い訳に流されてる。

 

それなら「これはやらない!」
はっきり決める方がいい。

 

やってないことがダメなのではなく

「ほんとはこっちがいいんだけどな~」

「でもな~」

って感じで、流されることが自分に対しての罪!

 

罪深き 言い訳人間

 

わたしにとって言い訳ばかりだったことのひとつが「食」でした。

もっと言うと、ひとりでする食事。

なので食を見直して見よう!
と思ってここ数日やり始めたのです。

 

きっかけは色々あるのですが、初心に返って
【理想の自分とは?】という視点で、できることから改善しよう!と決めたわけです。
そのひとつが食についてでした。

 

お勤めを辞めてからひとりの食事がもうひどい状態で、「あかんな~」と思いながらもなんだかんだダラダラと続けてしまい、「自分のことになると適当になっちゃう〜。」とかなんとか・・・ごにょごにょ

 

コンビニの唐揚げ棒と白飯だけとかザラにありました。+ポテチとか。

それは食事なのか?!

 

さっき言ってた罪深き言い訳人間 とは わたしです!!!

 

よくよく調べると「無知は罪」のさらに続きがありました。

無知は罪なり、知は空虚なり、
英知を持つもの英雄なり
  

哲学者 ソクラテス(紀元前469年頃 – 紀元前399年)
めっちゃざっくり言うと、
知ってるだけではあかんで!!!ってことですね。
ざっくりすぎですかね。
だけど、本題はここではないのでこのへんで・・・笑
私にとっての食とは

 

料理が得意ではなかったのか、忙しくて余裕がなかったのか分かりませんが、わたしは「おふくろの味」と言うものの記憶がありません。

なので、母に料理を習ったこともないです。

 

だけど、なぜか小学校低学年の時からテレビ番組や、雑誌などで登場する料理やお菓子の作り方をひたすら見てた記憶があります。
「だけど」なのか「だから」なのか・・・

 

初めて自分から「これがほしい!」と勇気を出してお願いしたのはオレンジページに載っていたケーキの型でした。


(当時の愛読書。オレンジページ)

なので、バレンタインの時なんかは割と本格的なケーキ作ってました。ガトーショコラとか。
チョコ溶かして型に流すとか、それ手作りチョコちゃうやん!って思ってましたし。笑
(怒られるかな。)

 

当時は「覚えたい!」と思ってやってたわけじゃなかったのですが、今思えば、食卓に対する一種の憧れがあったんでしょうね。

雑誌に載ってるレシピとか、スーパーの出入り口付近に置いてあるレシピとか、わざわざノートに書き写したりとかしてました。完成図の写真を切って、貼ったり。

同級生と遊んだ記憶はあんまりないけど、このノートを一生懸命作ってたのはすごく覚えてます。→なんちゅう一人遊び。笑

 

そして、18歳で上京して念願の一人暮らし!
もう、ほんとにほんとに嬉しかった。

 

小さい時から早く家を出たくて仕方なかったのですが、自分の城が持てた!!!という喜びはもうハンパなかった。

 

そして、自分の台所(マンションではなく、コーポだったからキッチンじゃなく台所)がめちゃくちゃ嬉しかった!
調理スペースを重視した結果、一人暮らしなのにふた口コンロで、シンクもファミリー物件ぐらい広め。

(写真はイメージです。笑)

築年数の新しさとかそんなんよりも、キッチンの充実感を求めた結果、東京といってもほぼ八王子の場所に住むことに。(住所に「東京都」って入ってたらいいと思ってた。笑)

 

学校は渋谷だったのにね。

 

理想の自分はそれ選ぶ?

だいぶ話はズレましたが、
それだけわたしにとってはがとても大切だったわけです。

 

それこそ最初のうちは丁寧にできます。なんでも。
ましてや料理って、毎日のことだから出口の見えないトンネルみたいな感じになってしまうこともめちゃくちゃ多くて

食の大切さを学べば学ぶほど、逆にできなくなっていく自分もいたりしました。
自分なりに結構勉強したつもりです。
だから余計に頭でっかちになって、色々とチグハグな状態になってたんですよね。
でも怖いことにそれに気づくのって、かなり後のこと・・・

 

本当は◯◯がいいんだけど・・・

知ってるけど、できてない自分を責めたり、
言い訳して無理やり肯定しようとしたり

で、それを続けていくと、どんどん負のループにはまっていくわけです。

最終的には「どうせわたしは・・・」みたいな諦めモードに。

 

どうしても苦手!!吐き気がする!みたいな分野はさておき

理想の自分の姿って、全く自分にない要素はないわけで、自分自身の中にそのエッセンスがあるから反応しているわけですよ。

つまりは、そうなれる!ってこと。

 

ただ、今の自分とその理想の自分をつなぐ線がなければいつまでたってもそこには到達しない。

祈っても、ノートに書いても、アファメーションしてもなりまへん。

じゃあどうしたらいいのか。

今できることで、理想の自分が選択するであろうことをやる。

それだけ。
そこに明確な答えはきっとありません。
現段階で、ひとまず思いついたことをやり始めてみる。

 

そして、やってみると分かるんですが、あれこれ言い訳したくなる状況とか出てくるわけです。
もう一種のトラップみたいなものですね。笑

ダイエットを決意した途端にやたらお菓子をもらう。みたいな状況です。

でも、「理想の自分」の視点になった時に、いつもなら諦めていたことが「いや、待てよ」ってなったりするわけです。
「今、そのお菓子をもらわなくていいわ。」みたいな。

 

めっちゃ地味なんですけど、やってみるとね
そのお菓子を断ってる自分に、心の中で拍手を送ってあげたくなるぐらいの嬉しさが出ます。
→お菓子がダメなのではありません。理想の自分がお菓子食べまくる人なら食べまくります。笑

 

こんなひとはひとりでやらない方がいい!

あとね、相談できる人がいるということもものすごく大事!!!!
しかも、自分が信頼できる人!

なんでもそうですけど、ひとりでやらないってめっちゃ大事だなーって私は思います。
特に言い訳上手な人

定期的に報告できる環境を作ることをおすすめします!
ひとりでできるなら、その状況になってないしね。

 

なので、継続コースも現在準備中。こっそり告知。

罪深き言い訳人間からの脱出だ!

 

ちなみに、「今日はやらない!」とはっきりさせることも大切だなって思います。
なんとなく状況に流されて、自分で決めたことを守れなかった・・・
っていうのが一番 自分への信頼を壊す のではないか。
と、わたしは感じています。

そこで自分のことがいやになったり、うしろめたくなったりするんじゃないでしょうか。

 

なので

次でリカバリーする!

くらいノリで、帳尻合わせをすればいいと私は思います。

 

これって、何にでも当てはまるよなぁ。
とも思います。

 

わたしの中でまだ実験途中なのですが、現時点で感じたことや、これめっちゃ大事や!と思ったことを書き記してみました。

あなたはどんな自分で毎日を過ごしていますか?
ぜひ聞かせてください。

(どうやら常備菜好きは父方の祖母からのDNAらしい。)

 

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